vol.23 ハグルマ封筒株式会社 永田留美さん(2012年12月)

ハグルマ封筒株式会社 企画広報部 永田留美さん Rumi Nagata 36歳
長崎県出身。大学卒業後、2年間外資系銀行に勤務した後、4年間、家業の水産会社で代表取締役として営業活動に邁進。2006年よりハグルマ封筒へ入社。現在、広報・海外営業を担当。 趣味の延長として、国内外で出会った紙にまるわるブログ「paper and design」の発信、紙好きなメンバーが毎月集う「うさぎの会(東京)」を主催。
広報歴:2年

ハグルマ封筒株式会社:http://www.haguruma.co.jp/
ウイングド・ウィール:http://www.winged-wheel.co.jp/


水産会社の副社長を経て企業PRへ。自分の目を信じる女性


伊藤:こんにちは。何度かお会いしていますが、こうやってお話をお聞きするのは初めてですね。楽しみにしていました。今日はよろしくお願いします。
永田さん:こちらこそ、よろしくお願いします。

伊藤:さっそくですが、今はハグルマ封筒で広報のお仕事をされていますが、それまではどんなお仕事をされていたんですか?
永田さん:大学を卒業したあと、最初は外資系の銀行に勤めました。

伊藤:外資系ということは、学生時代に語学を学ばれたんですか?
永田さん:はい。一年間、アメリカへ留学をしました。その後、語学の専門学校に通ったり、気づけば6年間も学生生活をしていたんです。

伊藤:では、語学を生かすために外資系の会社を選ばれたんですか?
永田さん:そうですね。

伊藤:その後、今の会社に?
永田さん:いえ、そうではなくて……。家業を手伝っていたんです。

伊藤:えっ!? 家業ですか?
永田さん:はい。

五島の海

伊藤:これまでインタビューさせていただいた方のなかで、家業のお話が出たのは初めてです。どんなお仕事ですか?
永田さん:私は、長崎の五島列島(ごとうれっとう)の出身で、実家は水産業をしています。当時は、五島で水揚げされた天然の魚を取り扱う仲買業の他、鰤(ぶり)の養殖をしていました。

伊藤:ということは、長崎に戻られたんですか?
永田さん:いえ。銀行に勤めたときからずっと東京に居ましたので、東京で五島の鰤の営業をするために東京事務所を立ち上げました。

伊藤:東京事務所? どういうことでしょうか?
永田さん:そもそも家業を手伝おうと思ったきっかけは、東京で食べた魚に馴染めなかったことです。うちの魚を持ってきたら、絶対に売れると思いました。ちょうどその頃、OLの仕事が自分のやりたいことと少し違うと感じていたことと、実家に帰ったときに父が営業は難しい、と言っていたことで、「私がやるよ」と言ったんです。ただ、私自身もやりたいことがあるから「長くやるつもりはないけれど、営業と拡販はする」と伝えたんです。

ロスアンジェルスのシーフードショウ

伊藤:それで、水産業に? 何から始めたんですか?
永田さん:OL時代の友人を集めて、実家の鰤を食べてもらいました。「美味しい」と言ってもらえたので、絶対大丈夫だと思いました。

伊藤:女性の声は強いですものね。築地市場で仕事をされていたんですか?
ロスアンジェルスのシーフードショウ
永田さん:はい。しかし、実家が水産業といっても、専門知識は何もないですから、現場で勉強して実践していました。

伊藤:若い女性が築地の市場にいるのは、驚かれるんじゃないですか?
永田さん:そうですね。「姉ちゃんどうした?」って言われたり。ただ、五島の鰤を知ってもらおうと思って必死でした。友人のデザイナーに鰤のイラストを作ってもらい、それをプリントしたTシャツを着て、おしゃれ長靴を履いて市場を走り回っていました。最初の2年は一人で、その後2年は、友人にも手伝ってもらって20代の女二人でやりきりました。

伊藤:営業、拡販、流通をさせたってことですよね。営業担当として仕事をされていたんですか?
永田さん:いえ。私は、東京事務所を立ち上げたときに代表取締役副社長になりました。これは、商談の際に信用をしていただくためです。若い女性というだけで、相手にしてもらえないこともありますから。「網元の娘です」と言って、代表取締役の名刺を持って都内のイタリアンやフレンチのお店をまわりました。

伊藤:確かに、営業担当より副社長は信用がありますね。
永田さん:はい。東京は営業ための事務所なので、東京の有名店に実家の鰤を置いてもらう、取引きさせてもらうことが目的でしたから。

伊藤:事務所は築地の近くに置いたんですか?
永田さん:いえ、新宿です。地方とも取引きをしていましたので、新宿に事務所があることがブランドだったんです。

伊藤:すごい。永田さんが新宿の事務所で営業をして、鰤は五島から直送するということですね。
永田さん:そうです。国内だけでなく、輸出も行いました。

伊藤:輸出!? どこへですか?
永田さん:ロスアンジェルスとニューヨークです。代理店の力をお借りしたのですが、ハリウッドのお寿司屋さんのカウンターで五島の鰤を食べたときは、美味しさと感動で倒れそうになりました。

五島の海

伊藤:26歳でこれらをしていたのですね。他にも何か仕掛けたことがあるんでは?
永田さん:実は、名前を「五島ぶりこ」にして営業をしていたんです。永田留美では誰にも覚えてもらえないですし、「五島ぶりこ」なら産地が五島なのか対馬なのかということにもならない、産地と食材が分かる名前なんです。そして、無名の五島の鰤を“五島ぶり”とネーミングしたのも私なんです。

伊藤:代表取締役副社長「五島ぶりこ」が、“五島ぶり”を売るということですね。かなりのインパクトですね。大変なこともあったのではないですか?
永田さん:もちろんありました。水産業は堅いところもありますし、これまでのルールもあります。保守的な方もいらっしゃるので甘くないと言われたり。でも、私めげないんで楽しんでいました。

伊藤:家業だからってことを超えていますよね。
永田さん:そうですね。もちろん家業ということもありますが、本当に“五島ぶり”が美味しいことを知っていたので、それを伝えたいという思いですね。そして、養殖なので、餌や環境など本当に手間をかけて作っているというこだわりも私を動かすものでした。

伊藤:取材されることもあったのでは?
永田さん:ありました。ビジネス系の雑誌やマーケティング系の媒体などに取材をしていただきました。日経新聞の夕刊の働く女性を紹介するコーナー「女ing」は、今もWebで見ていただくことができます。2006年のことですね。他にも「築地魚河岸三代目」の100話では、「五島ぶりこ」が漫画になっています。実家の養殖の鰤を東京で売る娘という話を巻頭カラーで取り上げていただきました。

ステーショナリーショウ

伊藤:今日は驚くことばかりです。これまで何度かお会いしているのに全然知りませんでした。インタビューをお願いする際に、今の会社の前に別のお仕事をされていましたか? なんてお聞きして失礼しました。
永田さん:いえいえ。今の仕事を始めてからは、ほとんどこの話をしていなくて、連絡をいただいたときはびっくりしました。

伊藤:このタイミングでお聞きしても、良かったですか?
永田さん:はい。すべて事実なんで。ただ、今は“五島ぶり”の養殖はしていないので、サイトを検索していただいても見つけることができないうえに、買っていただくことができず、本当にすみません。実家では、今は五島の旬な鮮魚を扱っています。

伊藤:では、水産のお仕事から今の仕事に変わるきっかけは何ですか?
永田さん:先ほどもお話した通り、営業と拡販を行ったら自分のやりたいことに戻るつもりでした。なんとなく30歳くらいまでかな? と思っていたんです。そして、それをやり遂げたので、30歳になる前に東京事務所を閉めました。経費削減です。

伊藤: 潔いよい決断ですね。でも、辞めるとなると水産関係の方から、うちに来て欲しいという声が掛かったのでは?
永田さん:お声掛けいただきました。でも、私がやりたかったのは“五島ぶり”だったので、水産とは違うことをしよう、と思っていました。そんなときに今の会社の社長とご縁があって。

伊藤:ハグルマ封筒さんですね。
永田さん:はい。もともとハグルマ封筒のオリジナルブランド、ウイングド・ウィールの商品が大好きで、「五島ぶりこ」時代も名刺や営業の際の手紙には、すべてここの商品を使っていたんです。

伊藤:そうなんですね。大好きな商品に関われるのは嬉しいことですね。ただ、これまで代表取締役として仕事をされていて注目もされていたのに、会社勤めをすることに違和感はなかったですか?
永田さん:確かにありました。でも、自分で決めたことなので。大好きな商品だったこと、商品に対する思いが“五島ぶり”への思いと同じだったので、これは売れる、世界に持っていけると思いました。

ウイングド・ウィール(表参道)外観

伊藤:思いというのは、職人的な部分ですか?
永田さん:はい。ウイングド・ウィールの商品は、紙を作るところからこだわっていて、これでもか、というくらい手間をかけています。手を抜かないでものを作っているメーカーなんです。デザインにも和のテイストをそっと入れていたり、日本の伝統色を使ったりしています。そういうところと、私自身、紙が好きだったこともあります。そして、家族経営というのも、実家と繋がるところがあり関わりたいと思いました。

伊藤:具体的には、どんなお仕事をされているんですか?
永田さん:営業として入社して、海外展開を考えている時期だったので海外営業を行いました。ニューヨークで有名なステーショナリーショップでの取引を始めることができたときは嬉しかったです。そして、この商品は本物だと改めて思いました。

伊藤:日本の良いものを海外に伝える。多くの方が考えていることですが、実際に自身で繋げて行っている方には、初めてお会いしたように思います。大変ではないですか?
永田さん:先ほども言いましたが、私はめげないので何があっても楽しくやっています。

伊藤:そのタフな心、見習いたいです。今は広報のお仕事もされていますが、「五島ぶりこ」時代に知り合った媒体の方とも。
永田さん:いえ。「五島ぶりこ」を卒業したときを新たなスタートと考えました。ですので、プライベートでのお付き合いはありますが、仕事は別と考えています。今、お付き合いのある媒体の方は、私の「五島ぶりこ」時代を知らない方ばかりですよ。

伊藤:そうなんですね。そういう切り替えも永田さんのやり方なんですね。今さらですが、ハグルマ封筒とウイングド・ウィールの関係を教えてください。
永田さん:ハグルマ封筒は、品質が良くリーズナブルなものを法人向けに卸しているメーカーです。そして、ウイングド・ウィールは、ハグルマ封筒の個人向けオリジナルブランドで、海外への卸は行っていますが、国内での卸はせず自社の店舗だけで販売を行っています。

ウイングド・ウィール(表参道)内観

伊藤:ありがとうございます。広報としてはどのようなことを。
永田さん:入社当時から、新商品のアナウンスを手紙で送ることはしていたのですが、2年前に広報を行うことになってからは、プレスリリースを作ってメールでお送りしたり、商品を郵送したりしています。今も、営業と広報の両方をやっています。

伊藤:国内も海外もこれからの展開が楽しみですね。
永田さん:はい。海外ではニューヨークで1月に行われるギフトフェアに出展します。

伊藤:語学が生かせますね。他にもなにか?
永田さん:「Carta Bianca うさぎの会」という紙に関係する勉強会を行っています。メールの時代といわれますが、やはり手で書くことは大切にしたいと思っているので。10月~11月には「おたより絵封筒展」をギャラリーで開催しました。

お気に入りの文具(ペンとインク)

伊藤:確かにそうですね。手書きのあたたかさ、いいですよね。プライベートの時間の過ごし方についても教えてください。
永田さん:仕事の延長みたいなんですが、趣味で通っているのが「文房具朝食会」です。

伊藤:それは、どんな会なんですか?
永田さん:文具好きの方が集まって文具について熱く語る会です。毎回、万年筆やノートなどのマニアックな話が飛び交い面白いんです。

伊藤:永田さんの紙好きが伝わってきます。お話を聞いていると、とても大変なことなのに明るく楽しく語っていただいて、私も勇気が出てきます。
永田さん:好きなことをしているので、本当に楽しいです。それに、私めげないですから。

伊藤:「めげない」っていいですね。何があっても根がしっかりしていて揺れない、と感じます。今日はありがとうございました。

ハグルマ封筒の商品

ハグルマ封筒の商品


広報ウーマン24時
6:00 起床、朝ごはん、身支度
8:30 出勤、メールチェック
9:00 プレスリリース準備
10:00 社外でお会いした方、商談先などへお礼状を書く
11:30 表参道のショップへ移動。スタイリストさんとファッション雑誌用の掲載用商品の貸し出しと打ち合わせ
12:30 昼食
13:00 神田オフィスへ移動 大阪本社(企画)と社内ミーティング
14:30 NY展示会準備、海外商品やトレンドについてのリサーチ
17:00 企業とのコラボ商品の打ち合わせ
19:30 勉強のため社外セミナーへ参加、交流会出席
21:30 帰宅、夕食作り、入浴
23:00 明日の準備と読書(仕事術活用法やアート本など)
24:30 就寝


編集後記
このインタビューでは、広報の仕事に就くまでに他のお仕事をされていた方にお話を聞くことが多いです。それは、私自身がその方がどういう道のりを経て今に至ったのかをお聞きしたいからです。今回お願いした永田留美さんは想像以上の経歴をお持ちで、正直ビックリしました。家業といえど、若い女性とは縁遠いと思われる水産業という仕事を行い、媒体から取材を受けることもあったとは。本文にも書きましたが、「めげないですから」という言葉が、永田さんの強さではないかと思いました。そして、私もその言葉に力をいただきました。(伊藤緑)