vol.13 株式会社日本旅行:勝村良子さん(2011年3月)

株式会社日本旅行 勝村良子さん Ryoko Katsumura
株式会社日本旅行 国際旅行事業本部 海外営業部 欧州営業課
1998年、株式会社日本旅行入社、国際旅行事業部配属。海外から日本へ来られるお客様用の海外発日本行きの航空券手配を担当。世界約40ヶ国の旅行会社と、国境と時差と文化を超えて業務を行う。2005年から2008年まで、日本労働組合総連合会を通じ、外務省へ派遣。在ウクライナ日本国大使館二等書記官として、日本の文化や日本語を広める広報・文化の担当となる。2008年、株式会社日本旅行に復帰。ソリューション営業本部にて、女性営業担当者の人材育成等にあたる。2011年、国際旅行事業本部へ異動
広報歴:5年
<授章歴>
2008年、ウクライナ家族・青年・スポーツ省名誉勲章授章。
株式会社日本旅行:http://www.nta.co.jp/


外交官として日本の文化を海外へPRする女性


伊藤:こんにちは。本日はお時間をいただきありがとうございます。勝村さんの経歴をお聞きして、どうしてもお話を伺いたくなりました。今日はよろしくお願いします。
勝村さん:よろしくお願いします。確かに、かなり珍しい経歴かもしれませんね。

伊藤:最初に、旅行業を目指されたきっかけから教えていただけますか? 旅行業は、今も学生にとっても人気の職業ですよね。
勝村さん:大学生時代に初めて海外を旅行し、人生観が変わるような経験をしました。この経験から、見知らぬ土地を旅する素晴らしさ、外国の人々と触れ合うことの楽しさを伝えたいと強く思ったことがきっかけです。いま私にとって海外を旅することは、仕事や趣味や遊びを超えた、ライフワークとなっています。

伊藤:そうなんですね。ちなみに海外旅行が好きになったきっかけは何ですか?
勝村さん:小学生の頃に見たテレビ番組「アメリカ横断ウルトラクイズ」で興味を持ったのがきっかけです。両親にお願いして地球儀を買ってもらい、テレビと地球儀に齧り付くようにして見ていました。この頃から「大人になったら絶対にアメリカに行く!」と心に決めていましたね。

伊藤:それが実現したのはいつですか?
勝村さん:大学2年のときです。初めての海外旅行でしたが団体での観光旅行には興味がなかったので、イギリスの旅行会社が主催する、キャンプで北米大陸横断をするという現地発着型のツアーに申し込みました。集合場所はロサンゼルスのあるホテル。フロントの掲示板にツアーメンバーの張り出しがあったのですが、12名のメンバーのうち日本人は私一人。他はオーストラリア、デンマーク、ドイツの方々でした。そこで初めて「私、英語が話せないのに、どうするんだろう?」と。無謀ですよね(笑)。翌日から3週間、英語オンリーという環境に放り込まれました。弱音を吐きたくても、日本語で話せる相手は誰もいない。疲れ果てて寝付いても、見る夢は英語の夢。片言でもブロークンでもいいからとにかく英語で話し、自ら行動を起こさなければ何も始まらないという状況です。初めのうちは自分でも驚くほど無口でしたが(笑)、最後には英語で冗談も言えるようになりました。どんな語学学校よりも効果的な学習環境でしたね。

伊藤:その体験は、かなり自信になったのではないですか? まさに「為せば成る」ですね。そのとき大学2年ということは、19歳ですよね。すごい!
勝村さん:そうですね。留学経験もない私が、兎にも角にも英語で生活できたということは大きな自信になりました。また、世界は広いということをつくづく思い知らされました。これは単にアメリカが広いということではなく「自分の知っている世界のなんと狭いことか」ということです。このアメリカ旅行を皮切りとして、これまで40カ国約70回、南極以外の5大陸を旅しましたが、常に新しい出会いがあり飽きることはありません。

伊藤:それらの旅は、どなたかと行かれるんですか?
勝村さん:いいえ、ほとんどは一人旅です。学生時代は御多聞に洩れずバックパッカー。社会人になってからは、ネットと英語を駆使して自ら世界中のホテルや交通機関を手配しています。ペルーのチチカカ湖に浮かぶ無人島のホテルに宿泊する際は、担当者とネット上で交渉し、シーズンオフでクローズしているホテルを私のためだけに開けて頂いたことも。客は私1人、ホテルのスタッフは総勢7名(笑)。滞在中に生まれたアルパカの赤ちゃんの名付け親になる、という生涯の思い出となるような経験もしました。

伊藤:私も海外は好きですが、言葉の壁を感じて一人ではなかなか行けないタイプなんです。お恥ずかしい。では、就職が決まった頃のお話を聞かせてください。
勝村さん:日本旅行から内定をもらった際、会社から「日本中どこの支店にでも配属される可能性がある」と言われていました。でも日本旅行はとても優しい会社なので(笑)、配属先の希望を聞いてくれる面接があったんです。しかし私は「日本中、いえ世界中、どこでも行きます」。人事部の方が困っていました。

伊藤:そして、配属されたのが国際旅行事業部なんですね。どういう部署なのですか?
勝村さん:外国人のお客様が日本に来られる際の日本国内のホテルや交通機関の手配をする部署です。現在は観光庁が「ビジット・ジャパン事業」として訪日外国人旅行客の増大に取り組んでいますが、まさにそのインバウンドの旅行を取り扱う部署です。

伊藤:お仕事の内容は、どんなことですか?
勝村さん:私の仕事は海外から来られるお客様のために、海外発日本行きの航空券を手配するというものでした。今はだいぶ状況が変わっているのですが、当時、海外発日本行きの航空券というのは、出発地で購入・発券するのが一番安かったため私は東京にいながら世界中の提携旅行会社と取引をするという仕事をしていました。

伊藤:世の中には、いろんな仕事があるんですね。この手配をいろんな国とされていたということですか?
勝村さん:はい。アジアの近隣諸国から、ヨーロッパ、アフリカ、北米、南米まで、世界中の提携旅行会社とメールや電話でやり取りをしていました。出社するころはハワイやニュージーランドはもうお昼過ぎ。午前中にアジアが目覚めてきてこちらが夕方になるとヨーロッパやアフリカから連絡が入り始める……東京に身をおきながら、世界中のいろいろな国や人と一緒に仕事をし、地球の自転まで実感できる(笑)大変面白い仕事でした。

伊藤:海外の方とのやりとりも大変だったのでは?
勝村さん:そうですね。簡単なことなのになかなか理解してもらえなかったり、こちらがどれだけ急いでいても「Don’t worry !」みたいな対応だったり。「日本の常識は世界の常識でない、しかし日本で求められるレベルの成果を出さなければならない」ということを常に念頭において仕事をしていました。

伊藤:そのお仕事のなかで、外務省に行くという話が出てきたんですか?
勝村さん:いいえ、外務省への派遣のお話は日本旅行の労働組合から頂きました。日本労働組合総連合会(連合)という労働組合の組織が官民交流を目的として、民間企業の社員を外務省へ、更に海外の在外公館(日本国大使館、領事館)へ派遣する、ということを長く続けています。2005年には連合から7名が外務省に派遣されましたが、私もその中の1名となったわけです。

伊藤:そこに選ばれたということですね。
勝村さん:本当に有難い機会を頂戴したと感謝しています。ただこの派遣は、勝村良子という個人が選ばれたわけではありません。私は、連合とサービス・ツーリズム連合(旅行会社、ホテルの労働組合を取りまとめる組織)、日本旅行労働組合と、日本旅行の4つの組織の代表として選ばれたわけです。ちなみに旅行会社の社員としては初の派遣でもありました。選ばれた際「この4つの組織の代表として、この機会を下さった関係者の方々に『勝村を派遣して良かった』と言ってもらえるような仕事をしてこよう」と心に誓いました。

伊藤:そこで、ウクライナへ行くことに。
勝村さん:そうです。派遣される国については外務省から複数の打診を頂きました。最初はロシアのサンクトペテルブルク。その後南アフリカ、コートジボアール、レバノン。しかし私は、日本旅行の配属面接と同様「世界中どこでも参ります」。上司のほうが慌てて「本当にアフリカでもいいのか、ご両親の了解は取っているのか?」「両親は後で説得しますから、早く国を決めて下さい!」。そして5ヶ国目がウクライナで、決定となりました。上司からの連絡に対して「もちろんウクライナで結構です。ところでウクライナってどこですか?」と話をした記憶があります。

伊藤:ウクライナではどんなお仕事を?
勝村さん:広報・文化を担当する二等書記官となりました。日本語の学習環境を整えたり、日本の文化を広めるイベントを開催したり、という業務です。在ウクライナ日本国大使館へ派遣された民間人は私が初めてでした。日本から私を送り出して下さった方々へと同様、大使館の方々に対しても「民間からの派遣を受けて良かったと思って頂けるように」という一心で業務に当たりました。日本から見ると地理的にも遠く、なじみの薄いウクライナですが実は大変親日的な国です。日本語は2,000人もの方が学んでおり、日本文化に関しては、生け花、茶道、折り紙はウクライナ人の先生がいらっしゃるくらい。日本に対して大変良い印象と強い興味を持ってくれている国です。

伊藤:イベントの開催はどんな規模でどのくらいですか?
勝村さん:小泉純一郎氏が首相の頃、ウクライナのユーシチェンコ大統領(当時)が日本を訪れ「お互いの国をより良く知るために文化週間を開催しよう」という約束を交わしました。そこで、ウクライナでは「ウクライナにおける日本週間」を開催することになったのですが、私は「首相と大統領が決定されたことなのだから、それに恥じることのないイベントにしよう」と張り切りすぎてしまい、イベントの数40以上、1週間のはずだったものを3ヶ月も開催してしまいました。

伊藤:それは、参加したい人が絶えなかったということですね。日本に興味を持ってくださる人が多いということはとても嬉しいですよね。
勝村さん:非常に嬉しいことです。この年、ウクライナでは80以上の日本文化紹介イベントを開催したのですが、後日、世界中の日本国大使館・領事館の中でウクライナが世界で一番多くイベントを開催したと知りました。他国の大使館、例えばフランスやロシアといったところは、広報・文化の規模も大きく、数十名のスタッフがいたり、日本語の本だけの図書館があったりと恵まれた環境のところも多いのですが、そういうところでも年に20回~30回が普通だそうです。かたやウクライナでは外交官は私一人、ウクライナ人のスタッフも一人。もちろんこのときは大使館の多くの方のご協力を頂戴しましたが、あまりの数の多さに驚いた外務省本省から「ウクライナはこんなにイベントを開催していて大丈夫なのか?」と連絡が入るくらい、頑張りすぎてしまいました。

伊藤:ほかには、どんなイベントをされたんですか?
勝村さん:オープニングに和太鼓のグループをお呼びしました。2006年のサッカーワールドカップで演奏されたり、映画「マトリックス」にも曲を提供されたりしている「Gocoo(ゴクウ)」というグループです。ウクライナが誇る国立オペラ・バレエ劇場で開会のコンサートを行いましたが、ウクライナの文化大臣を含めた1,300人のスタンディング・オベーションを目にしたときには「大変だったけれど、この仕事が出来て本当に良かった」と心からの感動を覚えました。

伊藤:広報活動のほかにはどんなことを?
勝村さん:日本の文部科学省が実施している、国費留学生選抜試験の監督も務めました。日本語の学習環境を整えることも広報・文化の業務なのですが、そのうちの一つです。ウクライナの日本語学習者は2,000名と言われており、そのうち毎年約100名が国費留学生選抜試験を受験します。その筆記試験の準備、試験監督、添削、その後の面接監督まで行いました。また、首都キエフだけではなく、地方の大学にも足を運び、日本語の教材を寄贈したり、時には学生の皆さんの日本語の練習相手も務めたり、ということもしていました。学生の皆さんが頑張る姿には、常にこちらのほうが励まされる思いでした。

伊藤:みなさん、本気で臨んでいらっしゃるので、とても大切なお仕事ですね。
勝村さん:その通りです。私は、日本語を学習する環境が整っているとは言い難いこのウクライナで努力されている学生の期待に応えるのが自分の使命だと考え、留学生の合格枠を増やそうと務めました。上司や外務省本省に掛け合い、この枠を少数ですが増やすことが出来たのですが、これで少しはウクライナの日本語学習者のお役に立つことができたと思って、とても嬉しかったです。

伊藤:そこまでウクライナの方が、日本に行きたい理由はなんですか?
勝村さん:ウクライナには日本人も日本企業も、日本語の教材すらも少なく、日本語をブラッシュアップするためには日本へ留学するしかありません。そのような環境の中で、彼らは本当に真剣に学んでいます。日本語能力検定試験という英検の日本語版のものがあるのですが、彼らは最高の1級を取得するための努力を惜しみません。驚いたのは、1級を取得しても、また次の年に同じ1級の試験を受験すること。ある学生に「あなたの日本語はほぼ完璧なのに、どうしてまた1級を受験するの?」と聞いたところ、「いえまだまだです。前回合格したときは『長文読解』の分野で満点を取れませんでしたから」と。頭が下がる思いです。彼らのためになるのであれば、自分でできることは何でもしてあげたい、それが自分の使命だと強く感じていました。

伊藤:ウクライナのお仕事を終えて、日本に戻られて元の部署ではない場所に配属になったんですね。
勝村さん:はい。帰国しソリューション営業本部という統括部門に配属となりました。こちらは、企業や自治体等に対し旅行だけではなく、顧客が抱える問題に解決策(ソリューション)を提案するといういわばコンサルタントの役割を果たす部署です。そこで上司から指示を受けたのが「増えつつある女性営業担当者の窓口となること」。私が配属されるまで営業本部には女性社員がおらず、全社的にもこのような取り組みの前例がありませんでした。私はそれまで営業職としての経験もなかったので、何から手をつければ良いのかと考えましたが、まずは4つの営業部にいる女性営業担当者を全員集め、お互いを知ることから始めました。彼女たちはそれぞれの営業部で孤軍奮闘していましたが、初めて他の部署の女性営業と知り合うことで「一人ではない、仲間がいるんだ」という勇気を得られたようです。その後は単に集まるだけではなく、他社でトップセールスとなったこともある女性講師に来て頂き、女性ならではの強みを活かす営業方法などについて研修を開催しました。ヒアリングやプレゼンテーションといった営業に必須のスキルを学んだり、女性営業としてふさわしい服装や外回りをする際に楽な靴は、といった女性ならではの悩みを解決する場を作りました。研修でしっかりと学習した後には、女性目線でお店や料理にとことんこだわった会場での懇親会も開催し、毎回好評を頂きました。参加者からの「今までこんなに楽しくためになる研修は受けたことがない」「とてもモチベーションが上がった」という声が何よりも嬉しかったですね。

伊藤:今、女性の営業の方は何名くらいいらっしゃるのですか?
勝村さん:2つの営業部で20名弱です。

伊藤:お仕事の内容はどんなことなんでしょうか?
勝村さん:法人企業への営業です。現在旅行業界は、単にホテルや交通機関を手配するのではなく、先程も申し上げたように「顧客の抱える問題をいかに解決(ソリューション)するか」という点が問われています。たとえば社員旅行。社員旅行は現在、予算削減等で減少の傾向にあります。しかしこれを単なる物見遊山の観光旅行ではなく、例えば各種イベントを行いながら社員のコミュニケーション能力や一体感を高める、ひいては企業の業績アップにつながるようにする、などの提案が必要となっています。

伊藤:営業というよりも本当にコンサルですね。若い女性には荷が重いのではないでしょうか。
勝村さん:確かに難しい仕事だと思います。しかし、若さや女性であることを言い訳にすることなく、彼女たちは営業という仕事に真摯に取り組んでいます。少しでも彼女たちのお役に立てればと思い、私も顧客の紹介や同行セールスなどをして参りましたが、彼女たちはその少ないチャンスを必ず成果につなげてくれています。女性営業担当者の集まりを「TEAM SOL(チーム・ソル、SOLは「ソリューション」の略、またスペイン語の「太陽」の意味もかけている)」と名付けていますが、このメンバー全員で協力して、女性ならではの、そして旅行業のプロフェッショナルとしての情報発信を心掛けています。例えば香港では知る人ぞ知る占いのメッカを。東京ディズニーランドでは、単に遊ぶだけではなく、ディズニーのホスピタリティーの秘密が学べる研修を。ニューヨークでは、人気ドラマ「SEX AND THE CITY」のロケ地を巡る旅を。メンバーが実際に行って、見て、体験して、その中でもお客様に是非お勧めしたいと思う情報を厳選し、デザインにもこだわったフライヤーを作成しています。

伊藤:国際旅行事業部の仕事を経てウクライナで3年。そして日本に戻られて、女性営業チームのアネゴ的存在。そして、再度、国際旅行事業部の仕事に戻られたわけですね。本当にいろんな経験を経て、旅行業のいろんな面を見てきていらっしゃることが財産になってらっしゃるな、と感じました。
勝村さん:ありがとうございます。私は最近、「人生における幸福とは何だろう」と考えることがあります。ウクライナを離任する際、ウクライナ政府から名誉勲章を授章するという栄誉に預かりました。大変名誉なことで、有難いことです。しかし外交官として勤務をした3年間を振り返ってもっとも幸福なことと思ったのは、名誉勲章を頂いたことではなく、自身が少しでも誰かの役に立てたことでした。「TEAM SOL」の活動も同様です。私が出来ることは小さなことばかりですが、メンバーからの「研修が役に立ちました」「予算達成に向けて頑張ります!」という前向きな声に常に励まされてきました。部署は異動になりましたが、私でお役に立つことであれば、これからも彼女たちを応援していきたいと思っています。

伊藤:本日はありがとうございました。


「広報ウーマン24時」に代わる広報ウーマンへのオススメスポットを教えていただきました。
「お勧めの旅行先はどこ?」
いろいろな方からこのご質問を頂きます。フツーの場所ではツマラナイので、超マイナーなところでお答え致します!
■シティー派には:キューバ。首都ハバナの旧市街は、1920年代、30年代のアメリカ車が今でも普通に走っています。ホテルの屋上からこの光景を見下ろしたとき、タイムスリップをしたような錯角を覚えました。世界中でここだけで見られる風景ではないでしょうか。
■リゾート派には:ヨルダン。昨年の夏には、死海で念願の浮遊体験をしてきました。死海は、塩分が濃いだけではなく、近隣の温泉が流れ込んでその成分が蓄積している「美肌の湖」。日本で入ったどの温泉よりも、肌がつるつるになってびっくり!
■冒険派には:ケニア。ゾウやキリン、ライオンなどの動物たちがサバンナのあちこちにいる!また、赤い布を纏ったマサイ族の人々が、地平線まで広がる大平原を歩く姿は、夢のように美しく、忘れられない光景です。
■遺跡好きなら:ペルー。世界遺産の中でも人気の高いマチュピチュは、ふもとの村に宿泊して、朝一番に訪れるのがお勧め。霧に浮かぶ遺跡はまさに「天空の城ラピュタ」。荘厳な雰囲気を味わえます。


編集後記
取材をさせていただいてから、私の仕事が多忙になってしまい、原稿をアップするまでにかなりお時間をいただいてしまいました。その間に、勝村さんが、古巣にお戻りになることになり、状況が変わってしまった部分もありますが、今もTEAM SOLを応援していらっしゃるということ。女性の営業の方は、たくさんいらっしゃると思います。私は、広報の横の繋がりを作ったのですが、営業の方も横の繋がりがあっても良いなと思いました。そして、民間人でありながら外交官を経験された勝村さん:の意欲と勇気に拍手です!(伊藤緑)