vol.10 株式会社エスパルス 元広報室長:うまごえ尚子さん

株式会社エスパルス 元広報部長 うまごえ尚子さん Naoko Umagoe
鹿児島県出身。フリーのコピーライターとして眞木準氏に師事。外資系のPR会社、出版社の編集者として勤務。2004年に渡英。世界で唯一のサッカーのマネジメントコースがあるリバプール大学院にてMBA(サッカー産業学MBA)を修了。2006年末に帰国。2007年より2010年までエスパルスの広報室長として勤務。現在は経験と人脈を活かしてメディアプロデュース、サッカー&スポーツマネジメント、観光、広報、企業のエコ活動のコンサルタント等に従事。
広報歴:5年


サッカーというスポーツを愛する女性


伊藤:こんにちは。今日はよろしくお願いします。編集者として活躍後、大学院に行かれてサッカーチームの広報になられたという経験を、ぜひお聞かせください。
うまごえさん:こちらこそよろしくお願いします。

伊藤:最初にお聞きしたいのですが、サッカーには以前から興味があったのでしょうか?
うまごえさん:サッカーに出会ったのは24歳くらいのときで、広告代理店のサッカー部のマネージャーを頼まれたことがきっかけです。その後少しずつはまっていって、釜本選手の引退試合を見に行ったときに国立競技場が総立ちになっているのを体験して、鳥肌が立ちました。ただ、Jリーグが始まった頃は、サッカー選手がスター的な扱いになっていたので少しひいていました。ですので、ワールドカップは98年のフランス大会から行き始めたんです。日韓ワールドカップは、開会式、日本戦すべて、準決勝、決勝も含めて17試合を見ました。

伊藤:では、最初は普通にファンという感じで。
うまごえさん:はい。ただ、日韓ワールドカップのときは、自分がマガジンハウスというメディアにいたので伝える側の人間としては、もっとこうすれば良いのに、と思うことがありました。

伊藤:その後、サッカーについて本格的に学ぶことになるきっかけは何だったのでしょう?
うまごえさん:友人からイギリスにサッカーマネジメントの大学院があるということを聞いたことですね。スポーツマネジメントの学校はいくつかあるのですが、その大学院がサッカーに特化していてサッカー産業学MBAであることを知って興味を持ちました。そこで、大学院にいくための勉強を始めたんです。当時はトラベル英会話レベルだったので本気で英語を勉強しました。

伊藤:その頃はマガジンハウスでご活躍だったと思うのですが。
うまごえさん:そのときはダカーポの編集部にいまして、そこはとても楽しい職場だったんです。ですからこのまま骨を埋める気でいたんですが、ちょうど父親が亡くなって人はいつか死ぬということを身近に感じたんです。そして「時間は誰にも決まった時間しかない、だったらやってみよう」と思ったんです。それで願書を出しました。

伊藤:決断をされたんですね。大学院ではどんな感じだったんですか?
うまごえさん:最初は言葉が分からなくて大変でした。大学院はリバプールにあるのですが、日本でいうと大阪という感じで、かなり方言があるというか英語がなまっているんです。ですから言葉が理解できなくて、最初の3ヶ月くらいは泣きそうでした。しかし、クラスメイトが助けてくれたんです。また、シラバスがしっかり出ているので予習は欠かしませんでした。

伊藤:講義はサッカーに関わることが多いんですか?
うまごえさん:ケーススタディがすべてサッカーでしたね。経営学や歴史、発達、国によっての違い、クラブチームの財務などサッカーについてさまざまなことを学びました。実際にクラブチームの経営者サイドの方からマネジメントを学んだり、試合を見たりということもありました。

伊藤:サッカー漬けという感じですね。
うまごえさん:本当にそうです。世界中からサッカー好きが集まってきているので、学校以外でも週末にはスタジアムかパブで試合を見ていましたし、海外へも試合を見に行きました。ドバイでサッカーカンファレンスが行われたときにもクラスメイト数名で行きました。

伊藤:学ぶことにもサッカーを楽しむことにも、一生懸命という感じですね。また、インターンでお仕事もされたんですよね。
うまごえさん:イギリスのイプスウィッチ・タウンフットボールクラブで1ヶ月とマレーシアのアジアサッカー連盟で2ヶ月半インターンをしました。

伊藤:そして、卒業されて1年ロンドンで仕事されてから日本に戻られるわけですが。
うまごえさん:本当は向こうに残りたかったんですが、ワーキングビザがおりなくて日本に帰ってきたんです。

伊藤:そうだったんですか。では、その後エスパルスで働かれるきっかけは?
うまごえさん:紹介です。サッカーチームは職員の公募をしないんです。ですから、知り合いの紹介やスポンサーの紹介がないとなかなか入るのは難しいのが現実です。

伊藤:そうなんですか。なりたい人が多いからですか?
うまごえさん:それもありますね。公募しているのはアルバイトだけ。そこから入るか、新卒のインターンを熱心にやって入るか。ただ、インターンも紹介がないと入りにくいという世界です。

伊藤:厳しいですね。紹介がないとほとんど無理ということですね。そして、実際に入ると今度はとても忙しいと思うのですが。
うまごえさん:休みがないですね。あっても半休が月に1~2日くらいです。

伊藤:半休ですか! 主にどんな仕事をされていたんですか?
うまごえさん:まず、クラブが発信する情報すべての制作とチェックです。ニュースリリース、Webサイト、携帯サイトが中心ですね。さらにはサポーター向けの月刊誌やカタログ、カレンダー、ポスターなどの制作物もすべて。営業やホームタウン推進室(地元にチームを浸透させるための活動をしている部署)が外部向けに制作する印刷物などのチェック。また、会社としての社会貢献に関する情報発信もあります。そのほか、選手が学校訪問したり地域のお祭りに参加したりする際のメディアの対応に、選手自身や監督がメディアに出演するときと取材を受ける時のアテンド、記事や写真のチェック、社長の原稿も書いていました。

伊藤:人が動けば、広報が動くという感じですね。
うまごえさん:選手が動けばメディアが関わってきますので、広報が立ち合うことになります。イベントそのものは営業やホームタウン推進室が担当しますが、メディア対応はすべて広報です。選手がどう映るか何を話すかについてもチェックします。選手の立ち方、座り方、話し方もアドバイスしましたね。

伊藤:普通の企業では、メディアに出るのは社長くらいですが、サッカーチームでは選手すべてがメディアにでるので社長がたくさんいるみたいですね。
うまごえさん:確かに対象が広いです。あと、コーチやマネージャーも対象になります。

伊藤:試合の時は、特に忙しいのではないですか?
うまごえさん:試合のある日は、試合の始まる5時間前にはスタジアムにいます。試合開始の2時間から3時間前(対戦相手によって異なります)には開場になるので、それまでに準備をします。そして、試合が終われば監督の記者会見と選手のインタビュー対応です。その後、選手を送り出して自分たちの部屋に戻りWebサイトや携帯サイトに情報をUPします。試合情報や監督のコメント、選手のインタビューは、試合終了後4時間くらいで出さないとクレームになりますからかなり急ぎますね。自分たちの情報をUPしたら、メディアルームで原稿を書いている記者の方をお送りします。これが試合が終わってから3~4時間後くらいです。その後はスタジアムから会社に戻り仕事をします。

伊藤:シーズン中はこれが続くんですね。
うまごえさん:ホームでの試合は2週間に1度ですが、ナビスコカップや天皇杯が始まると週に2回のときもあります。また、試合があれば新聞やテレビの取材も入るので、その取材対応や記事の確認も並行して行います。

伊藤:取材も多いんですよね。
うまごえさん:多いですね。また、サッカーチームの取材は来たものをすべて受けるのではなくて取材対象の監督や選手に取材を受けるかどうか確認をするんです。監督や選手が受けたくないといえば受けることができないのでその調整も必要です。また、強化部は選手のコンディションキープを優先したがりますから「20分だけだから」とお願いすることも多いです。

伊藤:各部署との連携も多いですね。
うまごえさん:先ほども言いましたが、ホームタウン推進室や強化部、営業との連携は多いですね。あと、記者の方との人間関係も大切ですね。選手がチームを異動するときなど、まだ公式に発表されていない情報が流れてしまう場合があります。そのときは記者の方との信頼関係が大事です。

伊藤:記者との関係は、やはりメディアの経験があることが生きていますか?
うまごえさん:はい。メディアがどんな情報を欲しがっているか、こう出せば飛びついてくれるだろう、というのが分かるのでとても生きていますね。

伊藤:マガジンハウス時代は、どんな媒体にいらしたんですか?
うまごえさん:Hanako、クロワッサン、ダカーポです。編集部以外にも営業や企画編集部も経験しています。

伊藤:スポーツ誌でなくてもメディアという点は共通ですか?
うまごえさん:メディアという視点では同じですね。商品をどういう切り口で見せるかです。

伊藤:例えば、実際にはどんなことをされましたか?
うまごえさん:エスパルスはエコへの取り組みしている企業で、二酸化炭素排出権を持っているんです。ですからエコ関連のニュースを売り込みました。それによって、それまで掲載されたことがない一般紙の経済欄や家庭欄に記事が掲載されたこともあります。日経10段カラーやNHK教育に15分とかですね。それによって今までサッカーに興味のなかった方がエスパルスに好印象を持ってくださって試合に足を運んでもらえる、また、小口のエコスポンサーになってもらえるなど新しい方にエスパルスを知ってもらうことができました。

伊藤:ファンの開拓ですね。
うまごえさん:そうです。ほかにも地元のミニコミ誌にも積極的に選手を掲載してもらいました。主婦の方々は、ポスティングされるミニコミ誌を丁寧に読んでいらっしゃるので、そこに選手のインタビューを掲載してもらい、チケットプレゼントなどをつけました。それによって、地元の女性が見に来てくれる、お母さんと子供が見に来てくれるようにPRしました。

伊藤:地元との関係性はとても大事ですね。
うまごえさん:それは他の企業ではないことかもしれませんね。サッカークラブは地域貢献をしていかないと地元から愛されませんから、活動は幅広いです。ただ、やろうと思えばいくらでもやることがあります。ですから、時間はいくらあっても足りませんね。

伊藤:サッカーチームの広報は、本当に際限なくやることがありますね。少し話が変わりますが、メディアから広報の仕事に変わられて、広報の仕事はどんな方に向いていると思いますか?
うまごえさん:広報は、女性に向いている仕事だと思います。そして、広報に必須だと思うのが語学力と海外経験です。私はリバプールにいくために語学を勉強し海外に行きましたが、この経験は本当に良かったと思っています。今は海外と接していない企業でもヒット商品が出て海外からインタビューがくるかもしれないですしM&Aで合併するかもしれません。そういう意味でも、必須だと思いますね。また、私が海外で出会ったクラスメイトはトリニダード・トバゴやガーナ出身の人もいて、インターネットでは分からない話をたくさん聞きました。短期でもいいので海外に住んでみると視野が広がりますよ。

伊藤:語学と海外経験。私には足りないものです。これから挑戦したいです。
うまごえさん:また、広報の仕事はいくつかの仕事を経験してから担当した方がいいのではないかと思っています。営業や商品開発などの仕事を実際に経験しているからこそ商品について語ることができる、そのうえで広報を担当した方が説得力がありますよね。そして、もうひとつ気になっているのが、広報の仕事は一見派手なので、自分が注目されているように思ってしまう方がいるということです。注目されているのは、会社であり、選手であり、商品であるということに気づくことが大事です。そういう点からも、社会人としての経験がある人が広報を担当した方がいいと思いますね。

伊藤:確かに広報は経験が生きる仕事なので、これから広報を目指す方も、今の仕事で学べることは学んで生かして欲しいですね。今日はありがとうございました。


広報ウーマン24時
8:00 起床(通常は6時)
10:00 クラブハウスにて全新聞をチェック、試合準備
14:00 スタジアム入り、開場準備
17:00 スタジアム開場
19:00 試合開始
21:00 試合終了。監督会見、選手インタビュー等のメディア対応
23:00 チーム出発を見送り、HPと携帯へ監督や選手のコメントをアップ。同時にカメラマンからの写真を選択し、同じくアップ。
24:00 最後のメディア関係者を見送り、帰途に就く


編集後記
広報といっても業種によってさまざまなやり方がある。今回、サッカーチームというこれまで触れたことがなかった広報のお話を聞いて、新しい広報のあり方を見た気がした。企業とも違う、タレントのマネージャーとも違う、サッカーチームの広報。チームのため、選手のためになる広報活動。また、サッカーチームという企業のためにも動くという幅の広さ。また、地元との関係性も大切だ。やろうと思ったら際限なくやることがある、ということを感じた取材だった。(伊藤緑)

photo by eiji yamagata(社内写真)