広報気になるニュース:一橋大アウティング事件(2019.2.28)067

「私は普通の人間ですから」。そんな言葉がよく聞かれた時代がある。今もそうなのかもしれないが……。私は、ここで使う“普通”という言葉の意味が理解できない。普通の定義って何?って思うからだ。逆にいえば、何をもって特別になるのかも理解できない。私は、25歳で精神科に行き、今も毎月メンタルクリニックに通っている。薬も毎日飲んでいる。それでも、私にとってはそれは普通のこと。ただ、数年前までは、この事実を言えずに隠していた。しかし、私の仕事がフリーランスライターであり、時々、人前に立つ人間でもあるから、これらのことを隠してまで仕事をするのは、嫌だと思い、自分の気持ちと折り合いをつけて、最近は必要なときには書いている。そして、この私の状況を、普通だと思う人もいれば、特別だと思う人もいるだろう。ただ、私が、「実は私こうなんだけど、秘密にしてね」っていう言い方で誰かを巻き込むのはやはり避けたい。責任を負わせるからだ。今回のニュースを記事のレベルで読んだとき、正直うまく理解できなかった。そして、今も、自分なりの意見を明確に持てずにいる。しかし、一人の命が絶たれてしまった事実は見逃せない。100人いれば、100通りの考えがあるように。普通や普遍というのは、難しい。私の場合(強迫性障害)は、病院の先生に、あなた自身が病気だと思った時点で病気です、と言われたこともある。同じ症状でも、それを病気だと思わない(他人に迷惑をかけていない場合)は、必要以上に慎重な人になる。
今後、増えていくだろう、個人がどう個人であるかの問題は、正解がない世界。誰がジャッジしても、きっと誰かが違和感を覚えるのだろう。

「日本の司法はそんなものなのか」一橋大アウティング事件、踏み込まぬ司法判断に遺族ら落胆

ポイント
世の中に普通がない事実

ニュースサイト
「日本の司法はそんなものなのか」一橋大アウティング事件、踏み込まぬ司法判断に遺族ら落胆
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5c762b8ae4b08c4f5555568b

アウティング
https://kotobank.jp/word/%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0-193825

私見
私は、ジャーナリストやノンフィクションライターをいう仕事を選ばなかった理由に、真実と向き合うことへの恐れがあった。20代で強迫性障害を患った際に、何かが起きたらすべて自分のせい、と思ってしまう症状が強くでて、家から出られる、テレビも見られず、調理も、ドライヤーも、アイロンも何もできなくなった。道を歩くこともできなかった。そんな状態を経験した結果、誰かの真実を文字にすることや、暴くことは恐怖だったのだ。それが真実であっても、私は神ではないし、万能ではない。そんな人間が誰かのセンシティブな部分に足を踏み入れることは苦しみでしかなかった。そこで闘う勇気など持てなかった。しかし、歳を重ねていくなかで、少しずつ変わってきたかもしれない。ただ、私の根っこは、作詞家だ。夢を売る商売。そこには事実を含みつつの理想図がある。また、厳しい現実もオブラートに包んで表現する比喩・隠喩の世界。私は日本語という語彙の多さをそこに生かしたいと思っている。作品としては、分かる人には分かる。それでも良いと思っている。発注者はそれでは困るのだろうが。
無記名SNSの怖さ。一部を切り取って幸せを演じる人。発信するのであれば、すべてに責任を持つしかない。

記事執筆:伊藤緑(広報ウーマンネット 代表)


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